テレビの最大公約数が自分にとっての最大公約数でないの巻。

ワタクシの家には立派なテレビがありまして。でも自分がほぼ毎回見ているのはNHKの『ゲゲゲの女房』と『龍馬伝』と『モテキ』、あとは時々テレビでやる映画ぐらいのみ。立派なテレビに妙に申し訳ないような気がしてきます。

まあそもそもテレビで興味のあることをやっていないんですよね。
昔ならば、教育テレビで質の高い海外ドキュメンタリーとかをやっていたりして、子供のころに見た『神話の世界』という番組は今でも記憶にあったりします。

ネットがココまで普及してしまうと自分が興味のあるモノにダイレクトにつながることが出来てしまうため、ドンドンとテレビを見なくなる傾向にあると思います。

でもその一方でラジオはよく聴くし、ポッドキャスト(ネットで配信される音声番組)もよく聴きます。

ラジオの場合、一つの話題を「この人ならば信頼できるな~」と思える人がしっかりと掘り下げるので、落ち着いて内容が頭に入ります。

テレビだとせっかく興味のある話題でも、何回もCMになったり、タレントがど~でも良い茶々を入れたりして、内容が薄まってしまいます。

それがテレビ局の考える視聴者が求めているモノの最大公約数なのだと思われているとしたら、その最大公約数が導き出した一般視聴者には確実に自分はあぶれてしまっているのだと思います。


もう少し「こんな世界があったのか!!」とか「こんな視点があったのか!!」と思わしてくれるテレビがあっても良いのにな~と思います。

ちょっと前にやっていた、二十数時間の番組の三輪車レースで、ビジュアル系のメイクをした芸人たちがエアーギター的演奏しているフリバンドで「雨にも負けず、風にもまけず~♪」なんて無礼にも宮沢賢治を無頓着に引用した応援歌を歌い、司会者が涙・・・しかもその歌詞の作詞はその司会者が書いていて、あ~~~曲が自分の番組で流すたびに彼に印税が入るのだな~みたいな場面をテレビで出くわしてから、ずっとそんなことを考えています。

だったら宮沢賢治を掘り下げる番組を流した方がいいのにな~